南米ボリヴィア国。日本の3倍もあるこの広大な地では、年中数え切れないほどの祭りが各地で行なわれています。先住民族がその子孫に代々伝えてきた土着の宗教や儀式・風習に1500年代前半のスペイン人の侵略によって流入した異文化が加わり、また、時代の経過と共に祭りのかたちも多様になっています。アンデス山脈の一端、アルティプラーノ(Altiplano)と呼ばれる3500〜4200mの高原地帯では、都市や村々ごとの特色ある祭りが、毎週末のように、どこかで開催されています。
その中でも一風変わった祭りが、毎年1月24日から数週間、私の住むラ・パス市中心部にある露店街広場(旧動物公園跡)で行なわれます。
ラス・アラシタス(Las Alacitas)というこの祭りでは“豊作(富)の神”を崇め、あやかって、人々が各々の“望みの物(ミニチュア品)”を購入し、その年に“現実になること”を願うというものです。露店街の出店・路上店・屋台などの店先には、ありとあらゆる“ミニチュア製品”が並べられています。その年に家を持ちたいと考えている人は、“ミニチュアの家”を買い、子どもがほしいと願っている夫婦は“ミニチュアの赤ちゃん人形”、海外旅行を計画している人は“ミニチュアのパスポートやスーツケース”を買う、といった具合です。テレビ・冷蔵庫・電子レンジ・車・自転車・日曜大工用品・コンピュータ・楽器・運転免許証・新聞・大学の卒業証書などなど、様々なミニチュア品があり、手に入らないものはないと言っても過言ではありません。お菓子などを売っている通りもあり、ミニチュアサイズのお菓子・食べ物・缶詰類・ケーキなども売られています。
驚いたことに、食堂街の定食がミニチュアサイズ(普段の1/5程度の大きさ)で、ハンバーガーやホットドッグまでもが小さいのです。ホットドッグのパンもソーセージも親指ぐらいの大きさだったので、一度に6個も食べてしまいました。一緒に行ったボリヴィア人の友人は、それだけでは足りず、ピンポン球ぐらいの大きさのハンバーガーをさらに数個注文していました。
祭りの起源は古く、スペイン人征服者たちがこの地にやってくる以前、ラ・パス市から北西へ100kmほどのティワナク町周辺(ティティカカ湖畔の近く)で“エケコ(Ekhekho)祭り”として先住民族アイマラ族によって行なわれていました。“エケコ”は豊作(富)の神の名前(アイマラ語)で、ティワナク遺跡やCHULLPASと呼ばれるインカ時代の墳墓から、またペルーのクスコの発掘調査などでも、“エケコ像(ミニチュア)”がしばしば出土しています。このことから、ティテイカカ湖を中心とし、当時の隣国インカ(ケチュア族)をも含む、アンデス高原地帯の広い範囲で豊作の神“エケコ”が信仰されていたことがうかがえます。
ボリヴィア国にスペイン人が最初に建設した町ラ・パス県のラハ町(Laja)で、“ミサ”の後に行なわれたスペイン人たちの祝賀会に、先住民たちが手作りのミニチュア製品を持って訪れ、この時から土着の信仰との融合が始まった、と伝えられています。その後、祭りの規模も大きくなり、その舞台もラハ町からラ・パス市に移り、現在の“ラス・アラシタス祭り”となりました。
さて、現在の祭りに話を戻しましょう。ミニチュア製品の中でも地元の人たちに一番の人気は、やはり“お金(札)”です。露店街や路上のあちらこちらで、ミニチュアのドル札紙幣、ユーロ札束、現地通貨(ボリヴィアーノス)の札束、はたまた偽造札、新造札などが売られています(日本の円札は、まだ出回っていないようです)。売り子の客引きの声に、時々“ドキッ”とさせられることもあります。何しろ、「買って買って、2000ドル(約21万円)が、たったの1ボリヴィアーノス(約14円)だよ!」、と叫んでいるのですから。お金を買うときには縁起をかつぐ風習があり、祭りの初日の正午ちょうどに買うと“お金持ちになる”夢が実現すると信じられています。もちろん、私も2000ドルほどお昼の12時に買いました。
人々がそれぞれの夢の実現を願い、ミニチュア製品を買い求める姿は、とても微笑ましいものでした。お金さえあれば、何でも簡単に手に入る日本とは違い、自身の“夢や願いごと”をそのミニチュア製品に託す、その遊び心がとても素敵だと思いました。
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