ボリヴィア紀行 
ボリヴィアというとみなさんは何をイメージされるでしょうか? 多くの方々はアンデス山脈・インカ文明・フォルクローレ(民族音楽)などを思い浮かべることでしょう。
ボリヴィア共和国は南米大陸の中央に位置しており、面積は109万8581平方kmで日本の約3倍の広さです。国土の1/3近くをアンデス山脈が占め、6000m級の山が14もある高原の国として知られています。
人口は約828万人、南米中、特に先住民族が多く、約55%が純粋なインディヘナ(先住民)で、約32%がインディヘナと白人の混血です。アルティプラーノと呼ばれる標高3000m以上の高原地帯の町々では、民族衣装に身を包んだインディヘナの人々の姿を多く見かけます。
ボリヴィアの歴史は、アンデス地帯における文明の発祥により始まります。海抜3890mの定期船就航世界最高所のティティカカ湖周辺では、紀元前500〜紀元後1000年という長きにわたってティワナク文化が栄えました。この時代はアイマラ族によって農耕技術や土木技術、様々な工芸品の製作技術が飛躍的に発展し、神殿を中心とする宗教都市が建設され、他のアンデス地域にも大きな影響を与えました。その後、紀元後1100年ごろから隣国ペルーのクスコを中心に勢力を拡大してきたインカ族(ケチュア族)の侵略が始まり、1400年ごろにはアンデス全土を支配したインカ帝国の一部となりました。しかし、そのインカ帝国も大西洋を渡って来たスペイン人征服者たちにより滅ぼされ、ボリヴィアも1532年以降スペインの植民地となりました。18世紀後半頃から南米諸国で独立の気運が高まり、ボリヴィアでも過酷な労働に耐えかねた労働者たちの反乱が起こって、スクレ将軍のもと1824年にスペインからの独立を成し遂げました。その後は、隣国との戦争や国内の内紛などを経て現在にいたっています。
さて、ラ・パス市は標高3650mで世界の首都の最高所です(ちなみに憲法上の首都はスクレ)。ラ・パス市の人口は、隣接のエル・アルト市と併せ約150万人。その半数以上がインディヘナ(先住民)であり、市内を行き交う人たちの中に山高帽をかぶり、三つ編みの髪を垂らしたアイマラ族の女性たちを数多く見かけます。買物をする際、時折スペイン語ではなく自分たちの言葉"アイマラ語"で話しているのを耳にします。
ボリヴィアの公用語はスペイン語ですが、住民にアイマラ族、ケチュア族が多いため、公的にもこれらの言葉が使われることが多いそうです。ちなみに先住民の言葉は、私は全くわかりません。時々、職場の友人たちが、私に先住民の言葉で話しかけてきましたが、そんな時は、日本語で答えるようにしていました。お互いに何を喋っているのかわかりませんが、ニヤッと笑っておしまい。こんなことも、日々の楽しみの一つです。
日本との時差はマイナス13時間です。
到着して2〜3日は高山病のため頭痛と脱水症状が続き、食欲もなく水ばかり一日2リットル近くも飲んでいましたが、すぐに慣れました。市内は坂道が多いため通りを歩いていると、時々息切れがし、酸素が薄いことを実感しました。また、高地であるため沸点が80℃ぐらいであり、普通の鍋ではご飯を炊いたり、芋やにんじんなどを煮ても軟らかくなりません。こんなこともアンデスの高地ならではですね。
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